2007-06-12-Tue 昨日は新聞休刊日だったので、今朝の地元紙に掲載されたスポーツ欄の高校総体予選結果にマルの名前があり、もちろん「判定負け」と書かれてありましたが、ちょっとご満悦な表情でありました。
マルのボクサー歴は、小学校3年から6年まで。
中学時代は剣道部で、グローブから竹刀に持ち替えて。
高校では軽音楽をやる、と運動部には入っていませんでしたが、体を動かさないとなまる、とまた再開。
そういう経緯で今回の運びとなりました。
なぜボクシングジムの門を叩いたかというと....。
ベビーの頃から、体が小さくて、声も小さくて、口数も当然少なく、頭の中ではいろいろ考えているのでしょうが、それが回りには伝わらない。
それは本人には別に苦痛ではないらしいのですが、そういうタイプの子供は回りからすれば、いじめの対象にもなりうるようで、ずいぶんボコられたようです。
生後6ヶ月からの保育園時代は登園拒否は2回ありましたが、小学校になると、家にいると介護地獄があったりで、どこにも行き場がなかったのかもしれません。
登校拒否はありませんでしたが、学校でも学童でも面白くない日々が続いていたのでしょう。
そんな閉塞感を打開すべく、学童も辞めて、ある日突然
「おらは強くなりてぇ」
と発心し、最初は空手を志したのですが、生憎当時は近所に道場がなく、たまたま原田さんのジムが歩いて5分の所にあり、同じ格闘系じゃんと親に説得されて、仕方なくという感じで通うことになりました。
空手は格闘技と言ってはいけないような気もしますが(笑)。
小学校3年のやせっぽちな子供が、大人に混じって縄跳びだ、シャドーボクシングだとやっていたのだと思います。
運動神経は...ある方ではありません。
ジムでは、技術的な事だけでなく、礼儀や精神面でも大人達から教えてもらい、そういうことはその後の人間形成のうえでもプラスになったように思います。
事務方のおばちゃんにも時々おまんじゅうをもらったり、かわいがってもらっていたようです。
原田さんのことを、ずっと「ハラちゃん」と呼んでいて(面と向かっては「会長」と言わないといけませんよ、もちろん)、原田さんが世界チャンピオンだったことも知らなかった子供だったのです。
直接原田さんからご指導を受けることはほとんどないようですが、トレーナーのみなさんやスタッフのみなさん、子供からすると初対面はちょっとおっかない雰囲気がなきにしもあらず、ではありました。
親でもない、教師でもない、まったく違う世界の大人たちとの関わりって、すごく重要だったなぁ、と中学卒業時に思ったものです。
「お前、ボクシングやっているんだってなぁ」
とマルをあいかわらずボコっていた男子とは小学校3年から中学を卒業するまで同じクラスだったそうで、時々授業参観のときに代わりに私が殴ってやろうか、という衝動に駆られたこともありましたが(←大人げない!)、中学に入ってからは、全く手出しはなくなったそうで、マル自身も脱皮したような雰囲気がありました。
願えば状況を打開することもできるけれど、それには自分の意思も必要だし、なにより周囲の理解や受容もあってこそ、と思います。
ちなみにこういう
イベントもあるようです。
試合も終わったので、マルはいつものようにだーらだーらと生活を始めました。
燃え尽きた訳でもなかろうと思いますが、そろそろ勉強もやってくれーと願う母であります。