中国の近現代史

2008年04月16日 22:13

大学では世界史専攻でしたが、わたしどもが学生の頃は、どうも中国に関してはちょっとタブーのような雰囲気があり、東洋史のゼミもモンゴル史なんかやっていました。

で、以前より興味があった宋一族のことを「宋姉妹」という、NHKのドキュメンタリー番組のノヴェライズで読みました。
この番組はリアルに見ていたのですが、最近台湾について学習して、やっと理解の入り口に立ったような気がします。

この物語は、日本が中国を「侵略」し始めてから、第2次世界大戦を経て、文革や台湾での民主主義が実現するまでを著しています。

中国の人々が、そこまで日本を嫌う理由とか、日本が経済封鎖されて第2次世界大戦に突入した状況、戦後の中国の内戦や、世界の冷戦など、なるほどなーなことが書かれていて、改めて近現代史を駆け足ながら見たような気がしました。

なにがどう、とも言えませんが、日本は確かに一度も侵略されたことがないので、侵略経験のある国の痛みを自分の痛みとすることができないということだけは理解できます。

世の中の有り様というのは、割り切れないことで成り立っているということだけはわかりますが、そういうことを前提にすれば、チベット問題や、イラク問題、イスラエル問題など、すぱっと割り切れないことに翻弄される人間の性というものを思うと厭世的になってしまいますね。

今話題になっている映画「靖国」について、あまりシビアに考えず、とりあえず上映して、見る人の判断にゆだねてみてはどうだろうと思います。
靖国神社の鳥居の材料となった木は、台湾の阿里山にあった木で出来ていると聞いたことがありますが、日本の統治時代の名残で、靖国にまつられて迷惑という人もいれば、国のために命を投げ出したことに対する敬意をあらわしたいという人もあり、いろいろあります。
日本は民主主義の国なので、そういういろいろがあり、そういういろいろを容認されているということが民主主義のありがたいことでもあるかと思います。

最近知ったことは、大学のゼミの指導教官だった教授が広島出身ということは知っていたのですが、学徒動員で東大から地元に戻って兵役についていて原爆に被爆し、教授の奥様も被爆者で、お二人のお子さんは被爆2世でお一人は原爆症で亡くなったということ。
教授は昨年老衰で亡くなったのですが、奥様とのやりとりで知りました。

戦後63年経っても、未だに戦争の影がついて回っている方々が日本にもいるし、もちろん、世界各国にいるわけです。
そして今も、内紛や弾圧に苦しんでいる人々がいる、というのも、また現実。

ばなな

2007年07月20日 10:21

沖縄のことを書いた短編集「なんくるない」。
オットに、作品はともかく、沖縄のことが出ているから、と言って渡されました。

よしもとばななは、こんなに有名な作家なのに読んだことがなくて、今回初おめもじ。

....文体や描写に品がなく、ちょっと....。

このいやらしい感じはどっかで、と考えて思い当たったのが、ナベジュンの描く男女の倫理観や人生観に似ているような気がします。

そういえば、この方の父上である隆明氏の本があったなぁと引っ張りだしてきました。
ま、まだ読んでいないのですけどね。
きっと読まないと思いますけどね(汗)。
クライアントさんが関わった本だったので、いただいのですが....。

話は戻って、ばなな氏の描く沖縄は、たしかに沖縄なのですが、彼女自身が書いてあったように「旅行者の視点」でしかないような印象もあります。
出てくる人物は、ほとんが移住者と旅行者ばかりで、霞を食っていきているような人たちばかり。
沖縄自体を描くというより、主人公の人生に対する言い訳と、ゆるーい倫理観が強すぎて、なんだかなぁ、という印象の方が強い作品でした。

モンゴル紀行

2007年03月19日 22:58

司馬さんの「街道を行く」のなかの1編です。

もともと大阪外大のモンゴル語専攻の司馬さんなので、モンゴルに行くには格別の思いがあり、特に恩師との旅ともなると。

できうるだけ、そういうセンチメンタルな記述は避けたような印象があり、淡々と、おもしろおかしく、道中の記述が続きますが、最後のくだりで、またしても泣かされました。

どうも司馬さんの記述は私の琴線に触れすぎるきらいがあるように思います。

先日、中国出身の方と話をしていて「モンゴルに行きたい」と行ったところ、奥様は「モンゴルのどこが」と言ってましたが、旦那さんは「モンゴルはいいね」と言ってました。
その方が言うには、外蒙古にはなにもないけど、内蒙古はにぎやかでいいよ、とのこと。
要するに、中国領は便利だけど、みたいなこと?

でも外蒙古の草原、パオ、馬、そういうのに憧れるのはDNAのなせる業かもしれません。
オットの祖先はどう考えても南方系ですが、私は大陸系らしいと自分でも思っています。

大学時代、史学専攻でしたが、西洋史専攻で、他に東洋史と日本史がありましたが、結局日本史は1コマもとらず、東洋史は数コマとったような気がします。

その東洋史の牧野修二教授は、モンゴル史専攻で、多分1975〜77年あたりにモンゴルに行き、その時のスライドを延々授業中に見せてもらった記憶があります。

同じ時期に、今は亡くなった民俗学の講師がチベットだかネパールだかに行った話も延々聞かされたことが。

あの時期の地方大学の先生方はなにかの解禁があったのか、外国研修がやたら多かったような気もしますが、一般人が気軽には海外旅行ができない時代だったので、そういう報告も、疑似体験的に聞いていたようです。

後年、NYに行ったときに、自分の卒論の対象がここにあるのかと思い、やはり西洋史を専攻するからには、その地に行ってなんぼじゃん、とか思いましたが、私の学生時代は、まだまだ渡航費用は高かったのでありました。

今のモンゴルと言えば、お相撲さん、私にとっては編み物ボランティアでセーターを送っていますが、司馬さんの書いているモンゴルと今のモンゴルではまた様子が違っているような気もします。

独立している外蒙古を飲み込みたいと思っている国々もあるようですし。

実は同じアジアなのに、情報量が全然少ないような気がする国があちこちにあり、偏った情報ばかりでは、なんの理解もできないような気がします。

いやがおうでもグローバルな社会になってしまった今、与えられる情報だけでなく、自ら情報を得ることもできる訳ですから、そういうツールを使うことで、公平な目を保つことも必要かもと思います。

訃報 アンリ・トロワイヤさん

2007年03月06日 12:58

亡くなったそうで。
享年95歳。

一時、ロシアの皇帝に凝った時期があって、その時に3作くらい読みました。

ロシア文学には馴染みがなかったのですが、やはり、どうしても長編になるのか、トロワイヤさんの作品もどれも長くて、ついに1作は途中で力尽きた記憶があります。

でも、どれもいい作品でした。

ピョートルだけは理解不能な感性の王様だったようですが、他の方々は、感情を移すことができるような筆致でありました。

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ちばりょうたろう先生

2006年12月26日 12:13

「芋たこなんきん」で、町子さんの先輩作家として、筒井康隆が演じている「ちばりょうたろう先生」。

これは司馬さんですね。

司馬さんの小説は「燃えよ剣」を読んで、恥ずかしながらバスの中で落涙してしまいました。

私が20代の頃、司馬さんの講演会を聞くことがあって、話の内容はわすれてしまいましたが、お話のお上手な方だなぁという印象がずっとあります。

そして「街道をゆく」を読み始めたのですが、やはりずんずんひこまれております。

歴史的な知識が深く、洞察力と記憶力にたけていて、そして、視点が冷静であるので、読んでいて心が洗われるような思いがあります。

歴史観のない人間(この場合は為政者、政治家、権力者)は、過去の歴史上の過ちを同じように犯す、というようなことを聞いたことがありますが、司馬さんが紹介する歴史のエピソードを読んでいると、なるほどなーの連続です。

読書をするには、いささか年をとってしまったような、つまりすでに手遅れの感がある私ですが、それでも、うつくしい日本語(この国の宰相が言う、むなしいかけ声の「ウツクシイクニ」じゃあないですよ)に触れ、日本の文学に改めて触れることなく死んでしまうよりはいいだろう、と今更ながらの日本文学回帰でございます。


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