2007年04月25日 21:40
仕事の移動時に読む本は、最近、もっぱら司馬遼太郎氏の「街道をゆく」である。
海外にまつわるものを読んだのち、今は本所深川あたりで、神田である。
神田にまつわる話で、岩波文庫を引き出すにあたり、岩波氏に影響を与えた藤村操のエピソードになり、ああ、あの人か、と懐かしく読んだ。
父から、幼少時分、若い頃の話などをよく聞かされ、その話の中に「藤村操という人がいて」という話をしていたのを思い出した。
藤村操は、旧一高の学生で「宇宙は遠大で自分には理解不能なので、自分は死ぬ」というような遺書をしたため、華厳の滝に身を投げた、というような、すこしふさぎ気味の学生だったような印象もある。
父が、なぜに藤村操の話をしたのかは、今も理解不能ではあるが、きっと宇宙の真理を考えるうちに死を選ぶほど純粋な若者もいたのだ、ということが言いたかったのか、優秀な人は短命であると言いたかったとか、今も不明である。
しかし、ふと司馬氏の本からそういう思い出を思い出したのは、あの当時の人間にとっては「藤村操という自殺者」を知らずしてどうすりゃー、というほどの人物であったのかもしれない。
司馬氏の藤村評はかなり痛快であった。
海外にまつわるものを読んだのち、今は本所深川あたりで、神田である。
神田にまつわる話で、岩波文庫を引き出すにあたり、岩波氏に影響を与えた藤村操のエピソードになり、ああ、あの人か、と懐かしく読んだ。
父から、幼少時分、若い頃の話などをよく聞かされ、その話の中に「藤村操という人がいて」という話をしていたのを思い出した。
藤村操は、旧一高の学生で「宇宙は遠大で自分には理解不能なので、自分は死ぬ」というような遺書をしたため、華厳の滝に身を投げた、というような、すこしふさぎ気味の学生だったような印象もある。
父が、なぜに藤村操の話をしたのかは、今も理解不能ではあるが、きっと宇宙の真理を考えるうちに死を選ぶほど純粋な若者もいたのだ、ということが言いたかったのか、優秀な人は短命であると言いたかったとか、今も不明である。
しかし、ふと司馬氏の本からそういう思い出を思い出したのは、あの当時の人間にとっては「藤村操という自殺者」を知らずしてどうすりゃー、というほどの人物であったのかもしれない。
司馬氏の藤村評はかなり痛快であった。


最近のコメント